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【レビュー】国府達矢『ロックブッダ』

15年ぶりの新作だそうだ。私が国府達矢氏をはじめて知ったのは1999年、MANGAHEAD名義の頃なので、かれこれ19年が経っていることになる。
私はMANGAHEAD時代の国府氏の音を知っている。歪んだ厚いギターにポップだが影のある歌が乗っていた。個人的にはとても好みだった。のだが、早々に一旦は幕を閉じてしまった。
そこから水面下に潜り、挑戦と苦悩を繰り返し、「ロック転生」という名盤を経てなお15年の時を費やし、さらに進化して生まれたのが今作「ロックブッダ」だ。
まずはこうして戻ってきてくださったこと自体に敬意を表したい。

 

人間は生きているだけで知らず知らずのうちに“場”の影響を受けている。生まれた場所や育った場所の地域性、もしくはそこに伝わる伝統と言い換えることもできるだろう。それは例えば祭囃子のグルーヴだったり、お坊さんのお経のリズムだったり、盆踊りの動きだったりもする。久々に聴こえてきた地元のお囃子の音でノリノリになってしまったりはしないだろうか。法事のお経のボイスと木魚の音との絡み合いが絶妙だと感じてしまったりはしないだろうか。盆踊りの曲に合わせて手足が動いてしまったりはしないだろうか。それらは日本という場所で生まれ育った我々に宿る地域性、その反映のバリエーションの一例ではないかと思う。

 

クラシック。ロック。ヒップホップ。メタル。ジャズ。今どんな音楽が好きでも、己が己である限り、身体に染み付いたリズムは変わらない。そこに嘘はつけないし、つく必要もない。
「ロックブッダ」に於ける基本フォーマットはシンプルな3ピースのロックバンド、つまりボーカル兼ギター・ベース・ドラムという形態だ。そこに時々エフェクトやシンセが入る。それも録音物であればよくあることだ。さらに上下左右各方向から様々な音が聴こえてくるよう散らされている。これもやろうと思えばできる。(もっとも、国府氏の思い描く聴こえ方とはまた少し違うようだが)
では、このアルバムの何がそんなにも前代未聞なのか。それは楽曲そのものであり、歌唱そのものでもある。
身体に宿った地域性、それを惜しみなく解放しているのだ。
昨今ではそういった日本的な節回しを敢えて導入しているミュージシャンも多い。しかし国府氏の場合は“導入”というレベルではなく、完全にあのグルーヴを表現している。しかも、ロックのフォーマットで、全く違和感なく。
skillkillsのリズム隊による強靭な舞台の上で、力強い歌唱と一種のお経とが混ざり合ったジャパニーズモンスターが踊っている。そんな感触が全曲を覆い尽くしているのだから、驚異であり脅威でもある。

 

さて、その「ロックブッダ」だが、歌詞を聴いて、また歌詞カードを読んで気付いたことがあった。この作品の収録曲、全てが肯定的な愛に溢れているのだ。そこには捻くれもなく天邪鬼もいない。曲によってスケールは変わるが、ひとりの人間から全人類までを明るいほうへ導いている。ここまで絶対的な愛に終始した作品は滅多にない。しかも、そこまで徹底しておきながら、いやらしさや無理矢理さは感じられない。あくまでもさりげなく、しかし確実に包んで背中を押す。

 

そうだ。これは、地に足のついた人間賛歌だ。

 

 

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